脳梗塞発症後、左半身片麻痺後遺症者の日常

新型コロナウイルス感染症、脳卒中、脳梗塞 左片麻痺、リハビリ、おっさんのぼやき多め。


8月12日土曜日

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今日は、昨日書いた母方の祖父母、叔母のお墓参りに父親の運転で行った。渋滞を避けるために朝の6時過ぎに出他ので朝ご飯を食べずに、

朝食は、両親と3人でマクドナルドに朝マックに行った。久し振りにマクドナルドに行った。朝から、おっさん、おばさんが一人で来ている人が多く、

目に付いた。私が全職で勤めていた会社の店がそのマクドナルドにあったので、そこはには何十回も行った。淡い思い出があるマクドナルドだ。

お墓は、私の母のすぐ上の姉の叔母のお墓のですが、叔母は43歳でこの世から亡くなった。私が中学生の時になくなってしまった。その叔母は独身であったので、私の事を幼少期の時に自分の子供の様に可愛がってくれた人で、私にとって大切な親類なのですが、その叔母より自分が長く生きることが出来たのはありがたいことだと思った。叔母はもっと長く生きたかっただろうな?と考えてながら、手を合わせて来た。

その叔母に胸を張って言える生き方を自分がして来たと言えるかどうかは分からないが、これから、こういう風に生きて来たよという風に言える様生きていこうと思った。帰りにその前職の時にいた店の建物がなくなっていたのを見た時の流れを感じた。私が退職する前にその店が閉鎖になって、出てしまったのだが、ずっと建物だけが残っていたので、前を通っていつもあの建物を眺めていた。

ちょうど、その前職のその店にいた時に私の事を可愛がって頂いていた方がいたのだが、その方も病気で亡くなってしまって、その方の住んでいた所の大地主であった人なので、お金持ちであったのに、前職の会社に勤めておられた。男の子供がいない人だったので、私が、新卒で入社したばっかりで車も持っていない時にほぼ毎日一緒に車に乗せて頂いて深緑のセルシオに乗っておられたので毎晩、行きつけの中華料理屋に行って食事を奢って頂いてお世話になった方の自宅近くにある丸亀製麺に墓参り帰りに昼食で寄って、いろいろ思い出した。物凄く優しい人だったので、いい人は早く亡くなるよねと話をしていたのを思い出した。

その人は私が住んでいるある駅の周辺の土地を持っていたらしく、その土地を寄付か譲られたかなんかで、名誉市民になっていたそうだ。見た目は強面でセルシオに乗っていていかにものその筋の人ぽい見た目だったが、あのお人も優しい人だったなと思い出す。

よく考えてみたら、自分は人の巡り合わせが良い方だと思う。彼がいなかったら、あんな会社すぐに辞めていたと思うし。いろいろ事情があってお葬式には行けていないのですが、家の場所はまだ家族な方がいらっしゃるかわからないが分かっているので、一度訪ねてみようかと思うっている。こんな身体になって、正座はできないが、まともに手を合わす事さえ出来ない。神社に行って柏手を鳴らすことが出来ないので、今は、神社に行きたくない。

先ほど、私が主催しているDJイベントに参加されているM氏が私の自宅に来て頂いた。Mac用のモニターを私が以前あげたものを一旦、お借りしたいとお願いしていて持って来て下さった。


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