脳梗塞発症後、左半身片麻痺後遺症者の日常

新型コロナウイルス感染症、脳卒中、脳梗塞 左片麻痺、リハビリ、おっさんのぼやき多め。


9月5日火曜日


今日は、2ヶ月に1回の通院の日だ。

病院が運行してくれている巡回バスに乗って病院に来た。バス停に早く着いてしまい、又、炎天下でバスを待った。

バス停の近くにある郵便局へ、昨日、コロナ感染者の予後を追跡して研究をされている機関国立国際医療研究センターのアンケート依頼があって、

2回目のアンケートがあり、そのアンケートを回答して送り返すために先に行った。郵便局へ早く行ってしまい、時間が早くなりすぎて、又慌てすぎた。

だいたい10分前には行くようにする行動をいつもしているが、早すぎて余計な疲れが出てしまうので、あまり余裕がありすぎる行動は自分にとって良く無い事だと思った。今日は、病院に人が少ないように思う。良い事だと思う。先生に薬を減らして貰うように相談した。私が外してもらいたい薬は外してもらえなかった。あと、心療内科で貰っている睡眠薬を星ヶ丘で出して貰うという荒技をお願いすると聞いていただけた。もう、あの心療内科に行かなくて良いのでよかった。私が、病院に複数行くと健康保険組合と、市に負担をかけてしまうので出来るだけ行かない方が良いと思う。

私ができる範囲で、やれる事をやった方がいいと思う。今日は、右足のくるぶしの上の辺りに痛みがある。なんでかわからないけど昨日一昨日と右足を酷使しすぎたからか?右足が痛いのが意味がわからない。

13時30分からの予約なのに12時30分ぐらいに着いてしまった。早すぎた。生き急ぐ私だ。この時間を使って今日の日記を書く。

ここの待合室にいると入院中の事が思い出される。晩御飯を食べて、音楽を聴きながら杖をついて、病院内をウロウロ歩いて、帰りにセブンでお茶を買って帰るというルーティーンだった。薄暗い病院内を毎日歩いたのが懐かしい。もうあんな生活はうんざりだけど、経験したくても、出来ない経験が出来たと思っている。あの薄暗い病院内でウロウロする事が、あの時の私に許されていた自由だった。あの時に比べて、今はよっぽど自由なので感謝しないといけないと思う。何が真実なのかを考える余裕ができた事が良く言えば奇跡だ。あの時の自分の事を知っている方は、よくわかると思う。

何が嬉しくて、左半身に麻痺が残る後遺症を負って、半年も入院しなくてはならなかったのかを考えて、今、自分で出来る範囲で生きていけば良いのだと思う。

脳卒中は、脳の火事と目の前にあるモニターに出された。火事どころの騒ぎでは無い。火事になったら、家を建て直したら良いのだけど、脳卒中によって受けた後遺症は、簡単に治せる事じゃ無い。

その火事から私が回復できたのは、ここで入院してこの病院の医療従事者のおかげなのです。自分がすごかったんじゃ無い、私に関わってくれた人たちのおかげだ。なので今も生きて入れるのだと。色々つまらない出来事、納得できない事があるけど、自分に誠実に生きていけば良いと思う。

先日来、考えている自分のこれからの夢を書くと。

夢を持つなら、叶えたいけど、色々な事で私に関わってくれて事がある人達に幸せになって貰いたいという夢はどうかなと思った。

そんな夢なら叶いそうだけど、叶ったら私も幸せに感じることが出来ると思うので、平等で公平で誠実で、誰も傷付けない良い夢なんじゃ無いかなと思った。カッコつけているわけじゃ無いけど。

今日は、病院で会いたい人に会えなかったですが、また会いたかったら自分の足で歩いていけば良いと思っているし、今日は、髪の毛をカットして貰えたい、色々話を聞いて貰ったので良い1日だった。この日記を書いていて思い出したのがこの曲だ↓

後半の歌詞

I have a dream
A fantasy
To help me through reality
And my destination
Makes it worth the while
Pushing through the darkness
Still another mile
わたしには夢がある
夢を描けば
現実を乗り切ることができる
わたしの運命は
待つ価値のあるものだから
暗闇を押しのけても
また長い距離がある


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